るねの日常

有限と無限を超えた無限へ

まだ過去から影響を受けているんですか?

肉体と精神は連関してるので
どっちかを変えると、片方も自然と変わります。

肉体に関しては、多少時間がかかりますが精神の方は瞬時に変えることができます。

いま何を考えるかは、どんな状況におかれてるかに関係なく、自分で選択できます。

俺は、現実は刹那瞬(めちゃくちゃ短い時間)ごとに刷新されていると考えています。

つまり、毎瞬新しい現実に自分は移行しています。その連続を人間は、記憶や認識によって、時間(過去現在未来)という観念を形成して生きているということです。

当然、時間(過去現在未来)があると、因果という概念も自然と発生しちゃいます。

しかし、その実相は、因果など後付けの解釈に過ぎないのです。

毎瞬どんなことを考え、行動(振る舞い)するかは、制限されていません。

記憶に囚われていると
時間という観念に押しつぶされ窮屈な存在状態になってしまいます。


精神の自己管理が上手く出来ているかは、因果(時間観念)を超えることが出来ているか、です。

過去、こんなことをしたから、今こうしなければいけない、当然それの積み重ねで未来も同じように振る舞い続けることになります。

一方、毎瞬(刹那瞬)ごとに現実が刷新されているとすれば、過去は関係なく、過去に影響されずに今を生きることができます。

この考え方は、仕事にもナンパにも応用できます。

自分の在り方と他人(環境状況)は、まったく関係ないことが肝です。

とかく私たちは、他人を重大視し過ぎます。
もちろん配慮は必要ですが、それは自分よりも優先すべきものではありません。

一番配慮すべきなのは、自分自身です。自分が一番気持ちよく存在することが、なによりも大事なことなんです。

そして、大前提として、他人の内側(精神・思惑・心のありよう)を考えても仕方のないことなんです。それについては、自分に都合よく解釈して終わりにしましょう。

もし、仕事場でミスをしたら落ち込んだふり、反省したふり、これから挽回しますというふりをしちゃうと思います。

もしナンパでガンシカされたら、俺はだめだ、今日はやめようか、やっぱりナンパなんて女なんてめんどくさい、というふうになっちゃいます。

そんな時こそ、刹那瞬ごとに現実は刷新(作り直される)されるです。

まったく過去は関係ありません。
現在は現在。過去から影響された現在はありません。
影響されたのは、頭の中だけなんだということです。

次の瞬間には、すでに真っさらに新調された現実が目の前にあります。
そのまた次の瞬時には、また新しい現実、、、無限に新しい現実が目の前に用意されます。

なので、過去から推し量ってそこに連続性を与えなくていいんです。

10回ガンシカされたということと、次の11回目の声かけにまったく関係はありません。
無限に新しい現実の中で自分たちは生きているんだということを肝に命じれば、過去から自由になります。


毎回新しい自分で生きることができます。


それではまた次回